傳馬町余話

 

 

2014.08.27
心と内臓と宇宙

 近年、人の心と内臟との関わりについて、従来と逆の考え方が提唱されてきているようだ。ストレスなどの心因的要素が心臓や腸などに影響を与えるというのが従来の説だが、近年は逆に、内臓、特に腸の神経系が情動感覚を形成するという説が出されたりして、内臓脳というような言葉も出てきているようだ。しかし、このような説を述べる一般書の中には、髙名な著者によって書かれ、名のある出版社から出されたものでも相当なトンデモ本があるから要注意である。

 そのような中で、福土審(ふくど・しん)著の『内臓感覚―脳と腸の不思議な関係』(NHKブックス)は、著者が過敏性腸症候群を中心とする心療内科の研究者で、豊富な臨床例から脳と腸の関係について述べているので大変興味深い。その書で「われわれの体では、まず腸が発生し、後に脳が発生したことをよく理解しておく必要がある。腸の神経が脳に似ているのではない。腸の神経に脳が似ているのだ。」と言い切って、腸の感覚が情動の形成に影響しているのだとする。これはまさに今までの説と逆である。マルクスではないが、「下部構造が上部構造を規定する」ようなものだ。

 このような考え方の魁けをなすのは、日本では少し前の解剖学者三木成夫(しげお)博士(一九二五‐一九八七)ではないだろうか。東大医学部解剖学教室の出身で、養老孟司氏のちょうど一回り先輩である。東京医科歯科大を経て、東京芸大教授を務めた。『内臓とこころ』『胎児の世界』『生命とリズム』『海・呼吸・古代形象』などの著作があるが、『内臓とこころ』の中で、赤ん坊の、膀胱感覚、口腔感覚、胃袋感覚などの形成について述べ、そして「こころ」とは「内臓」を抜きにしては考えることができないと言っている。身心が相関していることは誰でも経験上承知しているが、内臓の状態が心に影響するというのはやはり耳新しい。

 三木博士は同著でさらに、「食」と「性」とを営む内臓はそれ自体で小宇宙であり、宇宙のメカニズムが三十億年の生物の始まりから宿されていたといい、その小宇宙は大宇宙と共振し、その小宇宙の波を「内臓波動」と呼ぶと言っている。内臓の働きが天体宇宙のリズムと共振するという、まことにスケールの大きな説になっている。

 そのリズムということについて、『海・呼吸・古代形象』では興味深いことが述べられている。それは海と呼吸のリズムとの関係なのだが、人間も含めて、呼吸中枢である延髄を持つ動物は、必ず十六秒のリズムを持っているという。その他に二十五秒のリズムもあるが、これは臨終の時のいびきの周期であるとか。それはともかく、この十六秒周期のリズムは海の波打のリズムと関係があるというのだ。波打のリズムは八秒、十二秒周期が基本になっているという。それに音楽では四小節八秒、八小節十六秒というのは作曲の基本原則で、ロックは八ビート、十六ビートが基本になっているという。

 さらにまた、人間の睡眠と覚醒の周期は二十五時間で、昼夜の周期は二十四時間だから一時間ずれる。この一時間のずれに適応できないと、睡眠不調に陥るという。これは人間が地球と月の関係によって生ずる潮汐リズムに支配されているからであるという。

 このような人間を含む動物の呼吸リズムと海の波打のリズムとの間の深い関係、睡眠と覚醒の周期が地球と月という天体に作用されているということは、動物も自身の内に小宇宙を抱えて大宇宙の中に生きているからだという。このことには深い感銘を覚えた。我々の生が個々のはかない生命を生きているだけでなく、同時に宇宙の大いなる生命を生きているのだと実感されたからである。我々の心が内臟に直結し、その内臟も宇宙に繋がっている。なんという壮大な構図であろう。

住職 藤井 教公
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